歩んできた道

1世代の労働運動家として出発した民主改革勢力

高校時代に参加した4.19革命の熱い血は、大学時代においては夜学活動となり、4月の革命精神は、その後の人生を貫通する基本価値として定着しました。クリスチャンアカデミープログラムの幹事と4.19革命の行事準備委員として活動したのも、労働運動に身を投じ韓国労働組合総連合会で12年間活動したのもその延長線上にありました。

 

勤労福祉公団の理事長職を担い経営能力を立証し、

前身である勤労福祉公社の社長を含めて約6年間CEOとして経営能力を発揮してきました。産業災害患者や療養管理業務を革新させ、職員たちが直接現場を訪問して問題を解決する現場療養管理サービスシステムを確立しました。

 

民選3期麻浦区庁長として成果を出し、

「40万麻浦区民の暮らしの質の向上と福利増進」実現を目標に4年の区庁長職を遂行してきました。麻浦区を全国234市郡区のうち活力指数全国16位に導き、若々しい麻浦を築いてきました。優れた行政能力と推進力をもって仕事のできる区庁長として評価されてきました。楊花津・蚕頭峰遺跡の聖域化と外国人宣教師墓地の史跡指定事業、唐人里発電所の地下化と文化創作発電所の転換を推進、ソウル市と共に上岩DMC団地の造成などを通して、歴史と先端が共存する文化都市、麻浦として発展させてきました。また、京義線の地下化の確定、敷地(7.1km区間、約7万坪)の文化緑地空間の造成を推進、臥牛近隣公園の造成(2万2千坪規模)などを通して都心の中の緑地空間を広げる土台を築きました。

 

「生命と平和のフォーラム」の代表職を通して、生活政治実現のための準備を担い、

公職に籍はありませんでしたが、60年以上生まれ育った私の故郷である麻浦に対する愛着と愛を捨て去ることはできませんでした。庶民と共にして地域民と疎通しながら生活政治を絶えず実践してきました。私は、「生命と平和のフォーラム」という市民運動を通して、目覚めた市民のみが民主主義の危機、経済の危機、南北関係の危機などの韓国社会の3大危機を克服できると確信しておりました。創立以来1年の間、計13回にわたり著名人を招待して社会の懸案問題に対する対案模索プログラムの一環として月例対話マダンを開催しました。また、創立1周年記念セミナーでは、「2010地方選挙、市民社会の対応方案」という主題で地方選挙の意味と正しい地方自治に対する対案模索活動を展開しました。

 

再び務めた民選5期の区庁長、より成長した麻浦を築くため全力を尽くし、

一層大きな責任感を持って民選5期の在任期間中もまた麻浦区民の幸福増進のため、休まず走り続けました。その努力は、基礎団体清廉度評価全国1位、地域安全度診断2年連続全国1位として実を結び、麻浦はより安全で清廉な都市として生まれ変わることができました。また、41,700の雇用を創出して、住民に仕事をする喜びを与えることができました。